中井美穂の病気は大腸がん?ストーマを公表し現在は?若い頃の画像あり

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今回は、フリーアナウンサーの中井美穂さんについてご紹介します。

元フジテレビアナウンサーの中井美穂さんが一時期病魔に侵されていたことがありました。病気は大腸がんストーマを使用?といった情報が出回っていますが、現在の状態がどうなっているのかも含めてお伝えします。また、若い頃の画像も併せてご覧下さい。

中井美穂が病気に?大腸がんってホント?

中井美穂さんが病魔に侵されたのは2003年のことでした。2016年2月15日にテレビ朝日系列で放送された『徹子の部屋』にゲストとして出演した中井美穂さんが当時の様子を以下のように語っています。

黒柳:「あなたも一度、危ないことになったんですって?」

中井:「はい。私の場合は腹膜炎ということで、がんではないんですけど、腸が破れる病気になりまして」

腹膜炎を患っていた2003年前後には、傷んだ部分の腸を切り取ったため、しばらくの間はストーマ(人工肛門)を付けて生活していたそうです。

ストーマは腹部に開けた穴から腸管を出したもので、そこに便を受ける袋(パウチ)を着ける。「人工肛門」とも呼ばれている。ただ、肛門のように括約筋がないので便意はなく、排泄を自分でコントロールできない

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便意がないというのが難点で、特に下痢をした際の対処に大変苦労したそうです。普段は自分の臓器が正常に機能していることに何の意識も向かなかったのが、病気をして初めて臓器の大切さを痛感したそうです。

黒柳:「普通にトイレに行く頻度で行くの? それともしょっちゅう行くの?」
中井:「便意が普通はわかるわけですよね。それがわからないんですね(中略)ただそれがいつやってくるかコントロールはできないので。お仕事しながらだったので、“あ、ちょっと今取り換えに”ということもなくはなかったんです」

腹膜炎に罹ったことも含めて、ストーマ体験などの話はごくごく一部の人にしかしていなかった中井美穂さんが、罹患から10年以上の月日が経ってから自身の病気のことを告白した理由を、中井美穂さんは以下のように語っています。

大腸がんの患者さんの支援活動をするようになって、自分のことも隠さず話したほうが、親近感を持ってもらえると気づいたんです。

ストーマを付けている間にも、世界陸上の海外取材や温泉レポートなどの仕事を精力的に続けていたことを知った視聴者は、とても驚かされたのではないでしょうか。

当時、中井がMCを務める番組『旅の香り』(テレビ朝日系)を担当していた放送作家の山田美保子氏は「ロケ先で、先輩である野際陽子さん(当時80才)がお風呂に入ってくださるのに、中井さんはずっと『お風呂NG』。不自然に感じていたスタッフも多かった気がします」と振り返る。

できる限り周囲には余計な心配をかけたくないとの思いが強かったのでしょうか。

中井美穂が病気になった原因は?

腹膜炎になる原因には様々なものがあるようです。

原因はさまざまですが、胃潰瘍やがんなどによる胃穿孔、十二指腸潰瘍穿孔、虫垂炎穿孔、憩室炎や便秘、がんなどによる大腸穿孔といった消化管穿孔によるものが最も多く、急性胆嚢炎穿孔や急性膵炎といった肝臓・胆嚢・膵臓の疾患、卵巣嚢腫穿孔や異所性妊娠破裂などの婦人科疾患、外傷、腹腔内膿瘍なども原因となります。またがんが腹膜に広がることによるがん性腹膜炎、肝硬変やネフローゼ症候群に患者さんに多い特発性細菌性腹膜炎などもあります。

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中井美穂さんは2002年に子宮筋腫の手術を行っていますので、ひょっとすると子宮筋腫、あるいは子宮筋腫の手術が何らかの原因となり、腹膜炎を起こしたのかもしれません。

中井美穂の若い頃が綺麗!画像あり

中井美穂さんは、アメリカのロサンゼルス生まれで、1歳の頃までロサンゼルスに住んでいたようです。父親が日本航空のパイロットだったそうですので、絵にかいたようなお嬢様!なのかなと思いきや、実はそうでもないエピソードが見つかりました。

お転婆な子供だった。

・祖母が躾けに厳しかった。「女の子らしくしなさい」とよく注意された。・祖母に反抗してショートカットにして青い服を着てわざと男っぽくふるまっていた。

・小学校時代、「鉄腕ヒステリックばばあ」と呼ばれていた。

・中学時代、洋楽が好きだった。ヒットチャートをノートに書き移していた。将来DJになりたいと思っていた。

・中学時代、おしゃれに全然関心がなかった

・小・中・高の通信簿に必ず「落ち着きがない」と書かれた。

・学生時代、成績は中の中。理数系が苦手だった。

当時も今もそうですが、フジテレビアナウンサーと言えば、帰国子女や清楚なお嬢様系が多い印象ですので、中井美穂さんは、当時の同僚アナウンサーである八木亜希子さん、小島奈津子さん、西山喜久恵さんらとは一線を画していました。

ですが、サバサバとした性格が人気を呼び、フジテレビ退社後も、数々のバラエティ番組やスポーツ番組の司会やアシスタントを務めるなど、大活躍しました。

中井美穂の現在の活動は?

中井美穂さんが古田敦也さんと結婚したのは1995年のことです。以来、フリーアナウンサーとしての仕事はもちろんのこと、司会、朗読、執筆と活動の幅を広げ続けています。

そして、中井美穂さんと言えば、これをなしにしては語れないといっても過言ではないほどの演劇ツウです。2013年から、並み居る演劇関係者が名を連ねている読売演劇大賞の選考委員を務めるなど、中井美穂さんは演劇への造詣が深いと言えます。

その背景には、月20本は舞台を見て出演者への取材をするなど精力的な仕事の積み重ねがあり、渡辺謙(56才)が昨年トニー賞にノミネートされた『王様と私』の再演が決まったときには、いち早く本人へのインタビューも行った。

月に20本というハイペースで演劇を見ようと思えば、家族と過ごすプライベートな時間がかなり犠牲になっているのでは?と思い調べてみましたが、杞憂でした。

日々の食事は「各自」で取り、夜9時頃までの演劇を見て帰っても、特に何も言われることはないと、古田の理解を得て充実した日々を送っていることにも触れた中井。

旦那さんである古田敦也さんのしっかりとした理解とサポートのおかげで、充実した生活を送ることができているようです。夫婦仲も非常に良いようですね。

アラフィフ女性の代表として、今後もどんどんと活躍の場を広げていきそうな中井美穂さんの今後に、引き続き注目していきたいと思います。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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