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竹内結子の子供の名前は太郎で写真は?年齢は何歳?歌舞伎と病気の関係は?

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今回は、女優の竹内結子さんについてご紹介したいと思います。

日本アカデミー賞をはじめとして、数々のタイトルを獲得し、大女優の座を築き上げた竹内結子さんには、元夫で歌舞伎役者の中村獅童さんとの間に生まれた子供がいます。その子供の年齢画像学校、さらには病気の噂の真相について調べてみました。

竹内結子の子供・太郎の学校や画像

竹内結子さんは、2005年に公開された映画『いま、会いにゆきます』で共演した中村獅童さんと2005年に結婚し、2005年11月21日に男の子を出産しました。名前は太郎君ですが、一人息子の太郎君に対して、竹内結子さんは、太郎君が幼い頃から英才教育を施してきたようです。

太郎君が幼稚園の段階から、小学校受験を見据えて、月々60万円もする個人指導のプロを付けていました。

小学校受験をする場合には、名門幼稚園に通わせるか、いわゆるお受験専用の塾に通うか、あるいは両方を掛け持つかのいずれかを選択する親御さんがほとんどですが、竹内結子さんは、そのいずれでもなく個人指導のプロを雇うという方法を選択しました。

毎月60万円という金額には驚きましたが、その甲斐あって、青山学院初等部に合格しました。青山学院は、初等部から中等部、高等部、そして大学へとエスカレーター方式で進学していくことが可能となっていますので、芸能人の子息の多くが通っています。歌舞伎役者に人気の学校でもあるのですが、その理由は何なのでしょうか。

記者「問題を起こす子供や親がいても、『芸能関係者の子供は入れるな!』という声にはならないそうです。教職員も保護者もそれがあるからこその青学だ、と」

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デスク「へぇ~」

記者「実際に子供が青学初等部に在学する親から聞いたのですが、芸能人オーラを振りまく人は少数。たとえば歌手、森高千里(45)は長男が初等部6年ですが、学校に来る時はいつも地味な格好で、腰も低いんだとか。目立つ存在だけにそうした態度をとる人もいるから、否定されることはなく、温かく見もろうと言う雰囲気があるそうです」

教育環境だけではなく、親の心がけや家庭に対する学校側の配慮が行き届いている点も人気の秘訣だったんですね。

さて、話を竹内結子さんの子供に戻しますが、太郎君は2005年生まれですので、現在は青山学院中等部に進学しているものと思われます。

2008年に中村獅童さんと離婚して以降、再婚をせずに女で一つで太郎君を育ててきた竹内結子さん。ただでさえ忙しい女優の仕事に加え、数々のイベントやキャンペーンにも飛び回ってたため、子育ては大丈夫だったのでしょうか。

忙しい中でも、子供との時間をしっかり作っているという竹内結子。ディズニーランドで息子と楽しい時間を過ごしているところを目撃されたことがあるらしいです。ディズニーランドでは普通の母親の顔をしていたという竹内結子ですが、やはり女優のオーラは隠し切れなかったようです。女優業をしながら子供を育てるのは本当に大変ですが、こうやってディズニーランドに連れて行ったりしているところを見ると、しっかり母親をしているようで一安心。もしかしたら、誕生日などのイベントごとがあるとディズニーランドで過ごしたりしているのかもしれませんね。

さらにその日の夜には、レストランに入って食事を楽しむ竹内結子と子供の姿も!ざるそばと生ビールを頼み、仲良さそうに子供と食事を楽しんでいたそうです。

仕事仕事で、家庭での時間や子供と過ごす時間がない芸能人が多い中、竹内結子さんはオンとオフをきっちりと切り分け、子供との時間も大切にしているようです。

 

竹内結子の子供は葬儀に参列しなかった?

まず、葬儀というのは、竹内結子さんの元旦那である中村獅童さんの母親・小川陽子さんの葬儀のことです。

小川陽子さんがお亡くなりになったのは、2013年12月17日の事でした。お通夜は19日、葬儀・告別式は20日にしめやかに執り行われました。

この葬儀・告別式に竹内結子さんと太郎君は参列していませんでした。この件に関して、マスコミや世間がざわついたことを覚えている方もおられるのではないでしょうか。

離婚したとはいえ、義母に当たる方の葬儀ですから、参列しないのはおかしいだろうということから、竹内結子さんと太郎君が小川陽子さんの葬儀・告別式に参列しなかった理由が話題に上がっていました。

その原因は嫁姑問題です。世間一般の嫁姑問題とは違う、かなり根深い確執があったということですが、どういうことなのでしょうか。

でき婚ではありますが、梨園の妻として嫁入りした竹内結子さん。もちろん本人は梨園の妻として陰から歌舞伎役者の夫を支える道は選びませんでした。そのことがまず、ステージママとして師匠不在の息子、中村獅童を立派な役者に仕立て上げた身からすると、モヤモヤする事象でした。

結婚する時に、竹内結子さんの女優活動をいったんは認めたものの、ゆくゆくは梨園の妻として夫をサポートしてもらいたい気持ちが強かったようです。

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中川陽子さんは、師匠不在の中村獅童さんをステージママとして一流の歌舞伎役者に仕立て上げたプロ、一方の竹内結子さんは、スクリーンやテレビで大成功を収めた演技のプロ。お互いに仕事ができる、いやでき過ぎるため、衝突する部分も多く、衝突には相当なエネルギーを必要としていたようです。

中村獅童さんの女性問題が明るみになり、離婚に向けての話し合いが持たれた場では、今度は竹内結子さんと中村獅童さんにとっては息子、小川陽子さんにとっては孫の親権に向かいます。

中村獅童さんと言うよりは、小川陽子さんとしては何としてもかわいい孫の親権を手に入れたいところでした。それはやはり孫を歌舞伎役者に育てたいと言う、強い気持ちの表れでした。

中村獅童さんを歌舞伎役者に育てたという自信と喜びを、もう一度自分の孫で体験してみたいという気持ちもあったのかもしれません。

一方の竹内結子さんは、そんな気持ちはさらさらなくそこで、二人の意見は衝突します。そのことが二人にとっての大きな溝になり、離婚成立後は孫と祖母小川陽子さんとはほとんどあっていないと聞きます。

もちろん、父中村獅童さんとはたびたび会う機会が設けられているようですが、そんな理由で、祖母は孫との関係をうまく築けぬまま黄泉の国へと旅立ちます。

どちらの意見が正しい、間違っているという話ではありませんが、当時の中川陽子さんの言動を追っていると、孫を可愛いと思う気持ちよりも、歌舞伎役者としての血を絶やしたくないという気持ちの方が強かったのではないかなという気がします。

離婚問題から、嫁姑問題の確執は言われていたことでしたので、竹内結子さんとしては息子さんとの葬儀への参列は、周囲をいたずらに刺激したくないとの思いから控えたのでしょう。

自分の演技や仕事さえ上手くいっていれば、他はどうでもいいといわんばかりの態度を取る女優さんもいる一方で、竹内結子さんは周囲に配慮ができる女優さんです。スタッフや共演者からも評判が良いのはこのためだったんですね。

ただ、いろいろあったけれども、元夫の実の母親で、息子の実の祖母です。その方が亡くなったことに対する喪の服し方を心得ないほどいほど、ひどい人ではありません。むしろ、彼女なりの出来うる最大限の哀悼の意であったのでは、とさえ感じます。

それは供花の提供と、小川陽子さんがお亡くなりになった翌日、18日に出席予定だった吉永小百合さんの映画制作会見を欠席されたことから見てもわかります。会場には「出席かなわず、とても残念です」とメッセージを寄せたことからも、喪に服す気持ちが伝わります。

周囲に刺激を与えず、故人への追悼の意を示すという意味では、葬儀・告別式への参列をしなかったという竹内結子さんの選択は賢明だったと言えます。

 

竹内結子の子供は葬儀に参列していた?

???という見出しですが、この葬儀というのは、中村獅童さんの父親である小川三喜雄さんの葬儀のことです。竹内結子さんが小川三喜雄さんの葬儀に参列していなかったという情報が出回っていませんでしたので、竹内結子さんは小川三喜雄さんの葬儀に参列した可能性が高いです。

小川三喜雄さんの葬儀は2008年10月に行われたため、当時の太郎君の年齢は3歳です。もしかすると、竹内結子さんに連れられて参列していたのかもしれません。

中村獅童さんの父、故小川三喜雄さんは男気あふれる好人物であったと聞きます。歌舞伎役者時代の廃業理由が凄いです。

先輩役者から、弟の演技をなじられ、それに腹を立てた初代中村獅童の故小川三喜雄さんは、被っていたかつらをポーンと投げつけそのまま廃業されたというのです。

その後銀行員を経て、東映のプロデューサーに転身するのですが、これは二人の弟をプロデュースするためだったと言います。

その二人の弟とは、萬屋錦之介さんと中村嘉葎雄さんです。

この二人の弟さんをビッグネームにのし上げたのは兄、小川三喜雄さんであったと述懐する関係者は多いです。

名俳優を2人もプロデュースするほどの腕と目を持っていた三喜雄さんにしてみれば、中村獅童さんを芸能界で成功させるのはそう難しいことではなかったのかもしれません。

東映を退社したその後中村獅童事務所を設立したのは父、小川三喜雄さんでした。中村獅童さんの母、小川陽子さんがステージママだったことは有名ですが、影の大きな部分のサポートは父、小川三喜雄さんが担っていたのでした。

竹内結子さんと元義母小川陽子さんとの確執は言われますが、元義父小川三喜雄さんとの仲は聞いたことがありません。

元来が役者なだけに、役者の気持ちがわかるプロデューサーですから、梨園の妻となった竹内結子さんの気持ちがよくわかる理解者だったのかもしれません。

自分のことを理解してくれていた小川三喜雄さんの葬儀に参列したかどうかは定かではありませんが、少なくとも、小川陽子さんのときのような深い確執はなかったと言えます。

 

竹内結子の子供は病気が理由で歌舞伎をしない?

現在、青山学院に通っている太郎君は、歌舞伎の世界には身を投じていません。息子を歌舞伎とは全く関係のない、普通の家庭で育てたいという竹内結子さんの強い意向が反映されてのことなのですが、巷では、太郎君が歌舞伎役者にならないのは、病気がちだからではないか?という噂が立っています。

子供なら誰しも、小さい頃は体調を崩しやすかったりするものですから、太郎君だけが特別というわけではありません。また、太郎君が先天性の病気や難病にかかっているという情報もありませんでしたので、竹内結子さんの子供が病気であるという噂はデマであると言えます。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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