誰もが知りたい芸能人に関するマル秘情報を提供していきます

記憶に残る芸能ワダイ

芸能人

辻元清美の国籍は韓国?両親は?夫は赤軍の北川明?

投稿日:

Pocket

今回は、国会議員の辻元清美さんについてご紹介したいと思います。

辻元清美さんといえば、大物政治家に対しても臆することなく堂々とした発言をすることで有名な政治家ですが、意外にも辻元清美さん本人についての情報が少ないのが特徴です。そこで今回は、辻元清美さんの生い立ちプライベートについて調べてみたいと思います。

 

辻元清美の国籍は韓国?

ネット上では、辻元清美さんの国籍について、韓国では?北朝鮮と関係があるのでは?といった情報が飛び交っています。

こういった噂が出回った理由を調べてみると、どうやら辻元清美さんがかつて発言した発言内容が事の発端であることが分かりました。その発言内容は以下の通りです。

・北朝鮮には(戦後)補償を何もしていないのだから、そのことをセットにせず『九人、十人返せ』ばかり言ってもフェアじゃない

・国交正常化の中では、戦後補償が出るでしょう。日本は、かつて朝鮮半島を植民地にして言葉まで奪ったことに対して、北朝鮮には補償も何もしていないのだから、あたり前の話

天皇制を廃止しろとずっと言っています。

明らかに朝鮮半島を擁護するような発言が目立ったことから、辻元清美さんの国籍が日本ではなく朝鮮系だとの噂が広まったのです。とあるインタビューで、自身の国籍について問われた際には、朝鮮国籍であることを完全に否定していますが、「口だけなら何とでも言える」「国籍を示す詳細な資料を確認しない限りは信用できない」といった意見も多数挙がっています。

スポンサードリンク

日本の国会議員として活動しているわけですから、現在は日本国籍であることに間違いはありません。ただ、元々は朝鮮国籍だったという可能性は、完全には否定できません

政治家という職業柄、自分自身の政治信条を述べた途端にその発言内容に注目が集まるのは仕方のないことですが、それが違った意味に捉えられ、あらぬ方向に情報が伝播していく場合もあるというのが辛いところですね。

 

辻元清美の国籍に対して両親は?

辻元清美さんの国籍が朝鮮国籍であったという噂は完全には否定できませんでしたが、辻元清美さんが生まれ育った家庭環境家族について調べていけば、国籍に関するヒントを得ることができるのではないでしょうか。ということで、早速、辻元清美さんの生い立ちに迫ってみたいと思います。

 

辻元清美の正体は?若い頃は何をしていた?

まずはプロフィールからご紹介します。

生年月日:1960年4月28日
出身地:奈良県吉野郡大淀町
出身校:早稲田大学教育学部
前職:国際交流NGOピースボートスタッフ
現職:衆議院議員

大阪の人というイメージが強かったのですが、出身は奈良県なんですね。実家(父親)は事業経営を行っていたのですが、繊維不況のあおりを受けてその経営が不安定であったことから、事業展開しやすい地を選んで各地を転々とされたようです。

辻元清美さんも転校を繰り返すことを余儀なくされたため、幼少期は不登校気味だったそうです。今の辻元清美さんからは想像できないですよね。とても意外でした。

転機が訪れたのは、辻元清美さんが小学校3年生の頃です。高槻市立如是小学校でお世話になった先生に、自分の思いや考えを人に伝えることの大切さを教わったことで、今の辻元清美さんが生まれました。

その後も各地を転々とし、高校は名古屋大学教育学部附属高等学校に進学し卒業しています。

学生数が少ないため、併設型中高一貫校の利点を活かして様々なプログラムが組まれており、最近では、2006年以来、2016年から5年間(第Ⅲ期)までのスーパーサイエンスハイスクール (SSH) の指定を受けています。また、2015年から5年間、スーパーグローバルハイスクール (SGH) に指定されています。また、2010年7月にはユネスコ・スクールに登録された。プログラムはこれらの影響を大きく受け変更されています。

この時期には、父親が経営する立ち食いうどん店の経営も安定していたようですが、高校卒業後大学には進学せず、デパートで販売員の仕事を始めます。

デパートで2年間働いた後、早稲田大学教育学部に入学します。学部は教育学部でしたが、在学中は政治的な活動を積極的に行っていました。1983(昭和58)年には、NGO「ピースボート」を創設しました。

スポンサードリンク

ピースボート(英語: Peace Boat)は、国際交流を目的として設立された日本の非政府組織(NGO)、もしくは、その団体が主催している船舶旅行の名称である。設立当初はアジアをめぐるクルーズの運営を主体としていたが、1990年以降は世界各地をめぐる「地球一周の船旅」を繰り返し行っている

創設メンバーで、現在も運営に関わっているのは、吉岡達也のみ。

小学校3年生の頃に出会った先生から教えられた、自身の思いや考えを伝えることの大切さを心に留めつつも、それを表に出す機会があまりなかった辻元清美さんにとって、大学時代のピースボートでの活動は、その後の政治家人生に大きく影響を与えたことは間違いありません。

1992年には国連地球サミットNGO代表に就任。市民運動などに関わり1993年にはエイボン女性大賞教育賞を受賞しています。そして、日本社会党党首の土井たか子さんに誘われたことをきっかけに政界へと進出します。

土井たか子さんといえば、女性初の衆議院議長を務めた女性国会議員でした。そんな人から見染められたということで、辻元清美さんの政治家人生に明るい希望が見えていました。

1996年には日本社会党から第41回衆議院議員総選挙に比例近畿ブロック単独で出馬し、初当選。長く社民党員として活動していましたが、2016年には民進党に。さらに、2017年には立憲民主党への参加を表明し、民進党から離脱しました。

ちなみに、辻元清美さんの母親は現在、大阪府高槻市にあるマンションで辻元清美さんと一緒に生活しています。

 

辻元清美の正体は?皇太子のスパイだった?

ネット上では、辻元清美さんが皇太子殿下と関係がある?、スパイだったのではないか?との憶測が飛び交っていますが、これらはすべて事実無根です。

皇太子というキーワードが出てきたのは、辻元清美さんがかつて「皇太子殿下とよく会っている」と発言していたことや、辻元清美さんが皇居に呼ばれていたことがあったためだと思われます。

辻元の過去の経歴に「ピースボート」主宰というものがある。表向き、若者に世界中(すべて社会主義国)を船で旅させて、見聞を広げさせることを目的としている。

だがその実は日本の若者達を朝鮮シンパ、願わくばスパイにすることが目的であった。

政治家である以上、政治信条というものがあるのは当然ですが、自身の発言や行動によって様々な噂や憶測を生むことがあるのも事実です。

家計が苦しくなると私と弟はしばしば奈良の親戚の家に預けられたのだが、そこでも重層的な差別があった。『部落の子供と遊んだらあかん』被差別部落を差別する大人たち。『朝鮮人帰れ』さらに在日の子を差別する子どもたち。『部落の子も朝鮮人も私らもみんな同じや。なんでそんなことを言うんや』私は大人たちに突っかかっていくような子だった。トクさん(大阪で辻元がお世話になったという在日韓国人)はじめ一生懸命生きている人たちが私の周りにたくさんいたから、子ども心にそのような反発を感じていたのだ。

辻元清美さんが韓国人をはじめとした、朝鮮半島を擁護するような発言をされるのは、幼い頃のこういった体験があったからだと考えられます。

 

辻元清美の夫は赤軍のメンバー?

辻元清美さんの夫だと噂されているのは、北川明さんという方なのですが、そもそも辻元清美さんは未婚で、内縁の夫もいません。

北川明さんという人物名が出てきたのでしょうか。また、どうして北川明さんが夫であるという情報が出てきたのでしょうか。

北川明さんは『第3書館』という出版社の社長であることがわかりました。また、日本赤軍のヨーロッパ担当兵なんだそうです。

日本赤軍のメンバーだったというのは本当なんですね。

北川明さんが経営している『第3書館』という出版会社はテロなどの反社会的な本を多く出版しているそうです。

実は、辻元清美さんが設立した『ピースボート』は、日本赤軍が国際的に作ろうとしている支援組織の表側の組織なんです。ピースボート設立者である辻元清美さんは、日本赤軍と深い関わりをもっていんですよね。

ちなみに、日本赤軍とは、『武力で革命できる』という考えをもった人たちの集まりなんです。

こういったことから、辻元清美さんと北川明さんが夫婦関係にあるのではないかとの噂が広まったと考えられます。

辻元清美さんの選挙区である、大阪10区、高槻市は日本赤軍の関係者・支援者の多い土地で知られているそうです。

辻元清美さんは、自分自身が在日朝鮮人、帰化日本人だと噂されていることを知っているようで、これらはすべてデマだと否定しています。また、北朝鮮のスパイであるという噂に関しても辻元さんはブログで否定されています。

有名人であればこそのことではありますが、あらぬ噂や疑惑をかけられるのは辛いですよね。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スポンサードリンク

-芸能人

Copyright© 記憶に残る芸能ワダイ , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.