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宮原知子のワキ毛のアップ画像が雑誌に?両親は医師で病院に勤務?

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今回は、宮原知子さんについてご紹介したいと思います。

宮原知子さんといえば、日本女子フィギュアスケート界で

浅田真央さんの後継者として、活躍が期待されている

安定感を武器にした実力選手ですが、その宮原知子さんには

とある噂があります。

それは・・・

ワキ毛が濃い?

ネット上には、

「宮原知子ってワキ毛の処理が甘くない?」

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といった情報が流れており

早速、真相を調べるべく、画像を探してみました。

すると・・・

ワキ毛が濃いという印象はまったく受けないのですが、

一体どこから、そんな情報が出てきたのでしょうか?

もう少し、画像を検索してみると、こんな画像が見つかりました。

よく見てみると、首すじや腕に産毛のようなものが見えます。

ここから考えられる仮説は、以下のとおりです。

ほとんどの女子フィギュアスケート選手は、競技中の見栄えを

良くするために、永久脱毛をしています。

そんな中、宮原選手は、永久脱毛をしていないため、他の選手に

比べて体毛が目立ちます。そして、体毛という言葉が流布していく

うちに、衣装や撮影角度の関係から、ワキが黒く見えてしまい、

それがワキ毛と思われてしまった。その結果、

宮原知子はワキ毛の処理が甘い

といった情報になってしまったのではないでしょうか。

意外にも厳しいフィギュアのルール

 

ところで、フィギュアスケートの衣装に関しては、

以下のようなルールがあるのをご存知でしたでしょうか?

裸身を想像させるような過度な露出は禁止

男子の半ズボンやピチピチのタイツは禁止

素肌・素足は禁止(選手は肌色のタイツを着用している)

衣装の装飾が落下したら減点

小道具の使用は禁止(アイスショーやエキシビジョンでは可)

これらの規定に違反してしまうと、減点されてしまうため、

選手は競技のクオリティだけではなく、衣装や見せ方にも

気を配らなくてはならないのです。

日々の練習に加え、体型維持のための食事制限、衣装の選定などなど

本当に大変なんですね。仕事とはいえ、頭が下がります。

宮原知子の両親は医師?

宮原選手の(宮原亮さん)と(宮原裕子さん)の職業は、

お2人とも医師だそうです。

現在は、京都の病院に勤務されていますが、宮原選手が7歳になるまでは

アメリカのヒューストンにある大学病院に勤務されていました。

まさに超エリート夫妻ですね。

父親は?

勤務先:京都市立病院呼吸器外科

兼務先:京都大学医学部付属病院呼吸器外科

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留学経験:テキサス大学付属MDアンダーソンがんセンター(2002年)

肩書き

日本外科学会専門医

日本胸部外科学会認定医

日本呼吸器外科学会専門医評議員

日本臨床腫瘍学会暫定指導医

日本呼吸器学会呼吸器専門医

宮原選手が高校生のころに持っていっていたお弁当は、

お父さんが作っていたそうで、仕事だけではなく、

家事もこなす育メンだったんですね。

母親は?

勤務先:京都市立病院血液内科

過去の取材時のコメント

「患者さんが一番。でも娘のやりたいことは全力で応援する。

指導医としても後輩医師に恥ずかしくない背中を見せたい」

忙しい合間を縫って、宮原選手のサポートも全力でこなす強い母

といった印象ですね。宮原選手のメンタルの強さは、

お母さんから受け継いだものだったんですね。

兄弟は?

妹が1人いるようで、名前は宮原由紀子さん。

宮原知子さんの5~6歳下で、昔はお姉さんと同じく

フィギュアスケートをしていました。

でも今は、フィギュアスケートを辞めて、体操をやっているそうです。

お姉さん譲りの運動神経を持ち合わせている可能性は非常に高いですね。

とすれば、体操の技術も相当なものでしょうから、いずれは、

体操選手としてオリンピックに参加することがあるかもしれませんね。

姉妹そろってオリンピック選手、ぜひぜひ見てみたいですね。

スケート引退後は医者に転職?

どのスポーツも、第一線で活躍できる期間は限られています。

中でも特に、フィギュアスケート界では、トップ選手の入れ替わりが

非常に早いのが特徴です。ほとんどの選手が、30代に突入する前に、

中には、20代前半で引退してしまう選手も少なくありません。

ちなみに、女子フィギュアスケート選手の引退年齢の平均は

なんと23歳

宮原知子さんは、医学部には進学していませんので、もし仮に医者を

目指すということになれば、医学部に入学し直す必要があります。

ご本人が明言したわけではありませんが、両親の背中を見て育った彼女が

医者を目指すというのは、決してありえない話ではありません。

幼少期の宮原選手を支えたのは祖母?

宮原知子選手の両親は病院勤務のため、非常に忙しく、

宮原さんが幼いころ、子ども達の面倒を見ていたのは

おばあちゃんだったようです。

住まいは、京都市山科区。

現在は閉鎖されてしまっていますが、当時、スケートの練習場

としていた醍醐スケートリンクから程近い場所に、

おばあちゃんの家がありました。

フィギュアスケートは濱田美栄コーチの元で続けていますが、

過去にホームリンクである醍醐スケートリンク

閉鎖されてしまったことがありました。

それからは家からはやや遠い大阪、奈良、兵庫の

リンクに通う必要がありました。

練習場へ通う際の付き添いは、おばあちゃんが担当していたそうです。

運転免許のないおおばあちゃんは、電車を乗り継いで練習場まで行き、

さらには、毎日夕食のお弁当まで作ってくれたようです。

まさに、宮原家全員で宮原選手をサポートしてきた結果が、今の

宮原知子選手の輝かしい成績に結びついでいるのですね。

 

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